最新刊『グローバル市場原理に抗する 静かなるレボリューション ―自然循環型共生社会への道―

海図なき時代に贈るこの一冊

人類の目指す終点は
遙かに遠い未来である
それでも、それをどう描くかによって
明日からの生き方は決まってくる

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題名 グローバル市場原理に抗する 静かなるレボリューション ―自然循環型共生社会への道―
著者 小貫雅男・伊藤恵子
出版社 御茶の水書房
発行年月 2013年6月
判型・ページ A5判、369ページ
定価 本体3,800円+税
ISBN 9784275010353

 21世紀人々は大地への回帰と人間復活の高度自然社会への壮大な道を歩み始める。

 週休五日制の「菜園家族」型ワークシェアリングのもと、家族を、そして地域を基盤に築く市場原理に抗する免疫的自律世界、大地に根ざした精神性豊かな生活世界の創造。

本書に込められたメッセージ
―今こそパラダイムの転換を―

底知れぬ
深い闇に沈む
閉塞の時代
私たちはあまりにも目先の瑣事
その場凌ぎの処方箋に惑わされ
そこから一歩も抜け出せずにいる。

今、私たちにもっとも欠けているものは
元々あったはずの人間の素朴さであり
確かな意志をもって
遠い不確かな未来へ挑む
精神なのではないか。

騙されても騙されても・・・

 騙されても騙されても、それでもまた繰り返し騙される。人々はそんな不甲斐なさに打ち拉がれ、どうしようもない無力感と政治不信に陥っていく。その一方で、「アベノミクス」なるものの実体のない束の間のつくられた円安・株高に淡い期待を寄せ、浮き足立ち酔い痴れる。
 さんざんそうさせられた挙句に、またもや「選挙」だと言うのである。私たちは、何とも不条理で不気味な時代に生きている。

忌まわしい時代に引きずり込まれていく

かつてもそうだったし
いつの世になっても
そうなのであろうか。

3年も経たないうちに
あの過酷事故を
すっかり忘れたかのように
金儲けのために
原発を輸出し
原発再稼働をおしすすめ
他方では抑止力のためだと
なんやかやと屁理屈をこね回し
時代の新たな装いを纏って
お国のため
自衛のため
諸国民の共栄のためにと
美辞麗句を並べ立て
日本国憲法の精神を踏みにじり
偏狭なナショナリズムを煽り
かつての富国強兵路線へと
急転回を遂げていく。

密かに財界や「死の商人」の片棒を担ぐ
お偉い政治家の殿方よ
本当に心底から
そう思っておられるのであれば
それはそれで
勝手に語るがいい。

しかし、このことだけは
しかと肝に銘じてほしい。

自らは戦場に行かず
身を投げ出す覚悟すらないのに
ご高邁な精神を満足させるために
人様を巻き添えにすることだけは
どうかやめてもらいたい。

大義のない
そんな嘘っぽい
卑小な思想は
誰だって
まっぴらごめんなのだ。

他国を敵視し、人々を煽り
「お国のために戦った兵隊さんよ、ありがとう」と
子供たちに唱歌をうたわせ
国民を戦場へと駆り立てた
あの熱狂の時代と
一体、本質的に
どこがどう違うのであろうか。

渦中にいる
小さき弱きものたちは
ずる賢い甘い言葉に惑わされ
気づかないとでも思っているのであろうか。

何とも忌まわしい時代に
ずるずる引きずり込まれていく。

この国の深刻きわまりない病弊を見る

 大胆な「金融緩和」、放漫な「財政出動」(防災に名を借りた大型公共事業の復活)、巨大企業主導の旧態依然たる輸出・外需依存の「成長戦略」。とうに使い古されたこの「三本の矢」で、相も変わらず経済成長を目指すという「アベノミクス」なるもの。

 戦後六十余年におよぶ付けとも言うべき日本社会の構造的破綻の根本原因にはまともに向き合おうともせずに、ただひたすら目先のデフレ・円高脱却、そして景気の回復をと、選挙目当てのその場凌ぎの対症療法を今なお性懲りもなく延々と繰り返す。むしろこのこと自体に、この国の政治と社会の深刻な病弊を見るのである。

今こそパラダイムの転換を

 資本主義経済固有の不確実性と投機性、底知れぬ不安定性。とりわけ人間の飽くなき欲望の究極の化身とも言うべき、今日の市場原理至上主義「拡大成長路線」の虚構性と欺瞞性。そして何よりも目に余る不公正と非人道性、その残虐性は、いずれ克服されなければならない運命にある。

 歴史の大きな流れの一大転換期にあって今まさに必要としているものは、その場凌ぎの処方箋などではない。社会のこの恐るべき構造的破綻の本当の原因がどこにあるのか、その根源的原因の究明と、それに基づく長期展望に立った社会経済構造の深部におよぶ変革に、誠実に挑戦することではないのか。

現代賃金労働者という人間の社会的生存形態

 大地から引き離され、根なし草同然となった現代賃金労働者という名の人間の社会的生存形態は、今ではすっかり常識となった。

 こうした中で、人間は自然からますます乖離し、自らがつくり出した社会の制御能力を喪失し、絶えず生活の不安に怯えている。高度に発達した科学技術によって固められた虚構の上に築かれた危うい巨大な社会システム。人間は、自然から遮断されたこのごく限られた、僅かばかりの狭隘できわめて人工的な空間に幽閉され、生来の野性を失い、精神の虚弱化と欲望の肥大化が進行していく。

 今あらためて大自然界の生成・進化の長い歴史のスパンの中に人類史を位置づけ、その中で、18世紀イギリス産業革命を起点とする近代を根本から捉え直し、未来社会を展望するよう迫られている。

近代を超克する21世紀の未来社会論の構築を

 大地への回帰。この素朴とも言うべき哲理こそが、行き場を失い混迷に陥った今日の社会を根本から建て直す指針となるのではないか。

 大地への回帰、これを空想に終わらせることなく、現実のものとするための大切な鍵は何か。本書では、近代のはじまりとともに生み出され、長きにわたって社会の基層を構成し、今ではすっかり常識となった賃金労働者という人間の社会的生存形態そのものに着目し、それ自身を根本的に捉え直すことによって、19世紀以来の未来社会論が今日まで不覚にも見過ごしてきた問題を浮き彫りにし、そこから社会構築の新たなる道を探ろうとしている。

 それは、近代の歴史過程で大地から引き離された家族に、生きるに最低限必要な生産手段(農地や生産用具など)を再び取り戻すこと、つまり現代賃金労働者と生産手段との「再結合」を果たすことである。これはすなわち、21世紀の新たなる人間の社会的生存形態の創出を意味している。これによって、相対的に自給自足度が高く、市場原理に抗する免疫力に優れた「菜園家族」が形成される。それはいまだかつて見ることのなかった、精神性豊かな、慈しみ深い、しかも大地に根ざして生きるおおらかな、素朴で繊細にして強靱な人間の誕生でもある。

足もとの暮らしの中から未来への芽を育む

 ガンジーはイギリス資本主義の植民地支配と闘う中で、真の独立・自治(スワラージ)は単なる権力の移譲ではなく、インド再生の鍵は農村にあるとし、個人の自立と民族の独立の象徴として紡ぎ車を選び、村落の手仕事の伝統をインド経済の基礎に据え、スワデーシ(地域経済)を復活させようとした。

 今こそこの深い思想の核心を「弱者」のみならず、むしろ先進資本主義国私たち自身の社会に創造的に生かす時に来ているのではないか。

 かつて人々は、現実社会の自らの生産と生活の足もとから未来へつながる小さな芽を慈しみ、一つ一つ育み、しかも自らのためには多くを望まず、ただひたすらその小さな可能性を社会の底から忍耐強く静かに積み上げてきた。人間は、このこと自体に生きがいと喜びを感じてきたのである。本来これこそが、生きるということではなかったのか。

 大地に生きる人間のこの素朴で楽天主義とも思える明るさの中に、明日への希望が見えてくる。これはまさに「静かなるレボリューション」の真髄にほかならない。

自由闊達な対話からはじまる草の根の本物の民主主義

 思えば、長きにわたって人々を愚弄してきた偽りの選挙制度のもとで、私たちは「選挙」だけに頼る「政治」にあまりにも安易に幻想を抱いてきたのではなかったのか。かくも歪められた「政治」のあり方を民主主義と思い込み、この両者を根本から履き違えてきたのではなかったのか。今こそ覚悟を決め、思考停止と「お任せ民主主義」から抜け出さなければならない時に来ている。

 自らの頭で自由に考え、他者を尊重し、ねばり強く対話を重ね、めざすべき21世紀の未来像を共有する。この長期にわたる苦難と試練のプロセスの中からこそ、自らの力量を涵養し、自らの手で、自らの未来を切り開くことができるのである。これこそが民主主義の真髄ではなかったのか。

 長きにわたる閉塞状況から忌まわしい反動の時代へとずるずると急傾斜していく中、それでも怒りを堪え、じっと耳を澄ませば、新しい時代への鼓動が聞こえてくる。たとえそれが幽かであっても、信じたいと思う。そして対話への期待も、その意義も、未来への光もそこに見出したいのである。

 草の根の本物の民主主義の復権、そして21世紀のあるべき未来像をもとめて止まないひたむきな対話の一角に、ささやかながらも本書が加わることができるならば、こんなうれしいことはない。

2014年4月
ホームページのリニューアルに際して

著者 小貫 雅男・伊藤 恵子

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ご感想・書評など

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 わが国の現実と風土に根ざした、私たち自身の21世紀未来社会とはいかなるものなのか、そして、そこへ至るより具体的な変革の道筋とはどのようなものなのか・・・。様々な視点から自由闊達に意見交流がなされ、深められていくことになればと願っています。

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