“シリーズ21世紀の未来社会(全13章)”の要諦再読―その9―

“シリーズ21世紀の未来社会(全13章)”の
要諦再読 ―その9 ―

「菜園家族」が衰退しきった人間の「共感能力」を現代に甦らせる

◆ こちらからダウンロードできます。
要諦再読 ―その9―
“「菜園家族」が衰退しきった人間の「共感能力」を現代に甦らせる”
(PDF:445KB、A4用紙4枚分)

小豆

土が育むもの ―素朴で強靱にして繊細な心―
 「菜園家族」にとって、畑や田や自然の中からとれるものは、そしてさらにそれを自らの手で工夫して加工し作りあげたものは、基本的には家族の消費に当てられ、家族が愉しむためにある。その余剰はお裾分けするか、一部は交換されることもあろう。また、河川上流域に位置する内陸部の山村であれば、当然のことながら、下流域の海辺や湖畔の漁村との間に、互いの不足を補い合うモノとヒトと情報の交流の道が開かれてくる。

 しかしこれらはすべて、従来のような市場原理至上主義の商品生産下での流通とは、本質的に違うものになるはずである。
 なぜならば、シリーズ“21世紀の未来社会”(全13章)の第六章「あらためて考える21世紀の未来社会 ―自然界の生命進化の奥深い秩序に連動し、展開―」https://www.satoken-nomad.com/archives/1946で詳しく述べたように、「菜園家族」では基本的には自給自足され、しかも週休(2+α)日制の「菜園家族」型ワークシェアリング(但し1≦α≦4)のもとで、週数日の“従来型の仕事”に見合った応分の給与所得が安定的に確保されているために、人々の欲求は専ら多種多様な文化・芸術活動やスポーツやそれぞれの趣味・嗜好などの類いに向けられ、そこでの愉しみを人々とともに共有することが、最大の関心事になるからである。
 したがってそこでは、営利のための商品化のみを目的にした生産にはなりにくく、流通の意味も本質的に変わってくるはずだ。

 菜園や棚田、果樹、茶畑、林業、薪・木炭、シイタケ栽培、ヤギや乳牛の高原放牧、養鶏、養蜂、狩猟(イノシシやシカなど)、渓流釣り、木の実などの採取、ぶどう酒の醸造、チーズづくり、郷土色豊かな料理や保存食の加工、天然素材を用いた道具・容器や木工家具の製作、漆工芸、陶芸、裁縫、服飾デザイン、手工芸等々・・・。これらの中から家族構成に見合った多様な組み合わせを選択し、多品目少量生産の自立した豊かな家族複合経営を次第に確立していく。

 秋晴れの気分壮快な日などは、家族みんなそろって山を散策し、きのこや山菜を採ることもあるであろう。祖父母は両親へ、両親は子どもたちへと知恵を授ける絶好の機会にもなる。こうして家族そろって自然の中をのびのびと行動する愉しみは、自然と人間とのかかわりや郷土の美しさ、年長者の豊かな経験の素晴らしさを、子どもたちの脳裏にいつまでも焼き付けていくことになろう。

 このように「菜園家族」は、日常のゆとりある暮らしの中で、三世代が相互に知恵や経験を交換し合い、切磋琢磨しながら、土地土地の風土に深く根ざした“循環の思想”に彩られた倫理、思想、文化の体系を長い歴史をかけて育んでいく。
 やがて、こうした暮らしの中から、素朴で郷土色豊かな手仕事の作品をはじめ、大地とその暮らしに深く結びついた絵画や彫刻、民衆の心の奥底に響く歌や音楽や舞踊や演劇、さらには詩や散文など文学のあらゆるジャンルの作品が生み出されていく。作品の展示や発表など、交流の場も地域に定着していくことであろう。
 「菜園家族」とその地域は、歴史を重ねながら、市場競争至上主義の慌しい「拡大経済」の社会にはなかった、「自然循環型共生」の社会にふさわしい、ゆったりとしたリズムとおおらかな人生観、世界観を基調とする新しい民衆の文化、生き生きとした民芸やフォークロアの一大宝庫を創りあげ、子どもや孫の世代へと受け継いでいくにちがいない。

 「菜園家族」社会の際立った特徴は、週に(2+α)日間、“菜園の仕事”をすると同時に、家事や育児や子どもたちの教育、それにこうした新しい文化活動を楽しみながら、両親を基軸に、子どもたちや祖父母の三世代家族が全員そろって協力し合い、きわめて人間的な「共感能力」を育み、支え合っている点にある。
 両親が基軸になって活動しながらも、子どもたちは子どもたちの年齢に見合った活動をし、祖父母は祖父母の年齢にふさわしい仕事をする。それぞれの年齢や性別によって、仕事の種類や内容はきわめて多種多様であり、知恵や経験も、そして体力も才能もまちまちである。こうした労働の質の多様性を総合することによって、「菜園家族」はきめ細やかに無駄なく円滑に、仕事や活動の総体をこなしていく。その中で、「菜園家族」に蓄積されたこまごまとした繊細で豊かな“技”が、親から子へ、子から孫へと継承されていく。

 子どもたちが病気で寝込むこともあろう。その時には、両親や祖父母が看病し面倒を見ることになる。また、祖父母が長期にわたって病床に伏すこともあろう。その時には、子どもたちが両親に代わって枕元にお茶やご飯を運んだり、祖父母の曲がった背中や冷えた手足をさすったりする。子どもたちができることは、子どもたちが手伝ってくれる。そこには自ずと温もりある会話も生まれる。
 まさにこうした体験こそ、人間的な「共感能力」を発揮し、さらなる豊かな感性へと発達させていくかけがえのない局面であり、それを可能にする場こそ、人類にとって原初的な基礎的共同体としての「家族」なのである。

 こうした家族内の仕事の分担や役割は、子どもたちの教育にも、実に素晴らしい結果をもたらすことになる。
 祖父母の苦しみを見つめ、それを手助けする。このような日常普段の人間同士の触れ合いの中から、子どもたちの深い人間理解が芽生えてくる。言ってみれば、子どもが枕元にお茶を運ぶという一つの行為が、祖父母にとっては心あたたまる何よりの介護となり、かつ、子どもにとってはかけがえのない人間教育にもなっているというように、こうしたささやかな一つの行為が二つの機能を同時に果たしていることにもなる。

 しかもこの二つの機能は、それぞれ金銭的報酬によって成立しているわけではない。このことは、社会的分業化と専門化が極度に進む現代では、かえって人間の行為が本来持つ機能の多面性が分割・単純化され、暮らしの身近な場面で豊かな人間発達の条件が奪われ、経済的合理性をも同時に損なう結果になっていることを意味している。このことに刮目する必要があろう。

 三世代「菜園家族」を基盤に成立するこの社会は、市場原理至上主義の「拡大経済」社会に対峙するところの「自然循環型共生」の社会である。この自然循環型共生社会(じねん社会)に暮らす人々は、これまでの「拡大経済」社会のように、欲望を煽られ、“浪費が美徳”であるかのように思い込まされることもなくなる。相手を倒してでも生き残らなければ生きていけないような、そんな弱肉強食の熾烈な競争原理がストレートに支配する社会ではないのである。

 それどころか「菜園家族」を基調とするこの自然循環型共生社会(じねん社会)では、人々は大地に直接働きかけ、みんなそろって仕事をし、共に助け合い、共に暮らす「共生」の喜びを享受することになる。人々は、自然のリズムに合わせてゆったりと暮らし、自然の厳しさから敬虔な心を育んでいく。
 人々は、こうした自己形成、自己実現によってはじめて、自己の存在そのものを日々確かなものにしていく。そして、“競争”にかわって“自己鍛錬”が置きかえられ、その大切さをしみじみと実感する。それが生きるということなのではないだろうか。かつての農民や職人たちのひたむきに生きる姿を思い浮かべるだけでも、人間にとって“自己鍛錬”のもつ意味が頷けるような気がする。

 やがて、「菜園家族」を基盤に地域社会が形成され円熟していくならば、こうした「菜園家族」内に培われる“自己鍛錬”のシステムと、先にも触れた家族が本来もっている子どもの教育の機能とがうまく結合し、その土台の上にはじめて公的な学校教育が、子どもたちの成長を着実に促していくことになる。
 家族に固有の繊細で豊かな機能が空洞化し、その両者の結合と、それを基盤にした公的教育の成立を不可能にしているところに、今日の学校教育の破綻の根本原因があるのではないだろうか。今日、深刻な社会問題と化した児童虐待や「ひきこもり」も、こうした家族と地域と学校との三者が有機的に融合した生活世界からは、起こりにくくなるであろう。

 「菜園家族」の人々は、やがて市場原理至上主義「拡大経済」下の営利本位の過酷な労働から次第に解き放たれ、本来あったはずの自分の自由な時間を自己のもとに取り戻し、「菜園」をはじめ、文化・芸術など創造的で精神性豊かな活動に振り向けていくことであろう。
 そして、大地に根ざした素朴で強靱にして繊細な精神、人類始原の原初的「共感能力」を甦らせ、慈しみの心、共生の思想を育みながら、人類史上いまだかつて経験したことのなかった、いのち輝く暮らしと豊かな精神の高みへと、時間をかけてゆっくりと到達していくにちがいない。

2023年4月14日
里山研究庵Nomad
小貫雅男・伊藤恵子

「要諦再読 その9」の引用・参考文献(一部映像作品を含む)
柳田國男『明治大正史 世相篇』講談社学術文庫、1993年
記録映像番組『ふるさとの伝承』(各回40分)、NHK教育テレビ、1995~1999年放送
浜田久美子『森の力 ―育む、癒す、地域をつくる』岩波新書、2008年

       ――― ◇ ◇ ―――

読者のみなさんからのご感想などをお待ちしています。

シリーズ“21世紀の未来社会 ―世界的複合危機、混迷の時代を生きる―(全13章)の≪目次一覧≫は、下記リンクのページをご覧ください。
https://www.satoken-nomad.com/archives/1823

〒522-0321 滋賀県犬上郡多賀町大君ヶ畑(おじがはた)452番地
里山研究庵Nomad
TEL&FAX:0749-47-1920
E-mail:onukiアットマークsatoken-nomad.com
(アットマークを@に置き換えて送信して下さい。)
里山研究庵Nomadホームページ
https://www.satoken-nomad.com/
菜園家族じねんネットワーク日本列島Facebookページ
https://www.facebook.com/saienkazoku.jinen.network/