連載「気候変動とパンデミックの時代を生きる」≪その7≫
2021年12月10日に、菜園家族じねんネットワーク日本列島Facebookページhttps://www.facebook.com/saienkazoku.jinen.network/に掲載した、連載「気候変動とパンデミックの時代を生きる」≪その7≫を、以下に転載します。
なお、新プロジェクト“菜園家族じねんネットワーク日本列島”の趣意書(全文)― 投稿要領などを含む ― は、こちらをご覧ください。
【連載】気候変動とパンデミックの時代を生きる ≪その7≫
―避けられない社会システムの転換―
――CO2排出量削減の営為が即、古い社会(資本主義)自体の胎内で次代の新しい芽(「菜園家族」)の創出・育成へと自動的に連動する社会メカニズムの提起――
◆ こちらから全文をダウンロードできます。
気候変動とパンデミックの時代を生きる≪その7≫
(PDF:441KB、A4用紙6枚分)
◆パンデミックが浮き彫りにした現代賃金労働者、なかんずく非正規雇用の脆弱性と非人道性
―その変革は喫緊にして核心的課題である◆
▽未来社会展望の欠如と深まる混迷▽
先月11月下旬、日本では一部財界上層に新型コロナウイルス第5波が収束したという安堵感が漂いはじめると、政府は、社会経済活動再開への具体的施策(「Go To トラベル」等々)を早々と講じはじめました。
その矢先の11月26日、世界保健機関(WHO)は、南アフリカで見つかった新型コロナウイルスの変異株を、デルタ株などと並んで最も警戒度が高い「懸念される変異株」(VOC)に指定、オミクロン株と命名しました。
感染は短期間のうちに世界に拡大。報道によると、12月8日現在で、既に日本を含む53ヵ国・地域で感染者が確認され、当初はアフリカ南部に渡航歴のある人たちの感染が中心だったが、市中感染やクラスターとみられる事例も報告されていると言います。
欧米など各国は、相次いで渡航制限など水際対策強化に動いており、世界同時株安の様相になるなど、にわかに経済への影響も広がっています。
新型コロナウイルスについては、疫学的にも、医療学的にも、わが国における第1波から第5波までの経験からも、また国際的な経験からも、未知の部分はまだまだ残されているものの、かなりのことが分かってきたようです。
ワクチンに加え有効な治療薬が開発され実用化されない限り、新型コロナウイルス・パンデミックは、そう簡単には終息しないと覚悟の上で、先を見据え、長期展望のもとに体制を整えていく姿勢が何よりも大切です。
私たちは、国際的な経験や疫学的、医療的知見からはもちろん、反面教師として爆発的に感染拡大したアメリカやブラジルなどの事例や実態からも教訓を得て、社会的、政治的要因を含め大いに学ぶことができるようになってきました。
こうした状況にありながら、わが国では「感染拡大防止と社会経済活動の両立」を図ると言いつつ、依然として「費用対効果」などといった俗流の近視眼的思考に囚われ、今も相変わらず「検査と医療体制」をおろそかにしたまま、誠に不思議で情けない惨めな自己ジレンマに陥っています。
もちろんその先に、今までとは違ったどんな社会が構想されるのか、確信をもって明言することもできないのです。
まさにその象徴が、実態のない、国民におもねるだけの「新しい資本主義」であり、「成長と分配の好循環」という謳い文句なのです。
▽新型コロナウイルスがもたらした社会経済的衝撃、その真相と本質▽
ここでは、経済地理学・政治経済学者デヴィッド・ハーヴェイが2020年3月に発表した論考 “Anti-Capitalist Politics in the Time of COVID-19″(「COVID-19時代の反キャピタリズム運動」、翻訳・解説 大屋定晴、『世界』2020年6月号、岩波書店)で指摘されている大切な論点に着目しつつ、日本の現実に敷衍して若干述べておきたいと思います。
貨幣価値の流れが生産、消費、分配、そして再投資を経て、利潤を求めるという終わりのない資本蓄積の拡大、成長の螺旋円環運動。注目すべきは、この資本主義経済の宿命的とも言える基本モデルにおいて、2007~2008年以後に急拡大した消費様式の変化です。
この消費様式は、消費の回転期間をできる限りゼロに近づけることで指数関数的に増大する資本が、その結果として急増する価値を、可能な限り短期の回転期間の消費形態、つまり刹那的「体験型」消費形態によって吸収し、その矛盾を解消するものになっています。
この刹那的「体験型」消費形態は、都市への人口集中、格差の拡大、際限のないグローバル化にいっそうの拍車をかけていきます。これら三つのファクターは、いずれも相互に作用しつつ、一体となって気候変動と新型コロナウイルス・パンデミックのリスクを助長する、決定的で客観的な条件になっていること。そして今後もそうなることをしっかり記憶にとどめ、おさえておかなければなりません。
このことをもう少し具体的に見ていきたいと思います。
2010年から2018年にかけて、世界の国際観光客数は8億人から14億人に跳ね上がったと言われています。近年わが国に見られる国際観光客数の急速な増加も、こうした資本の要求に唯々諾々と応える経済成長戦略、つまり「観光立国推進基本法」の制定(2006年)やビザ発給の要件緩和(2013年)などの一連の政策によってもたらされたものでした。
このような刹那的「体験型」消費形態にともなって、航空会社、ホテル、レストラン、テーマパーク、そして文化イベント、カジノ、パチンコ、プロ野球やプロサッカー、プロバスケットボール等々スポーツに至るまで、巨大なインフラ投資が必要とされました。
こうした状況下でのコロナ災禍です。
航空会社は破産に瀕し、ホテルはガラ空きとなり、特に中小・零細接客業での大量失業が進行しています。外食は避けられ、飲食店やレストランやバーは閉鎖されました。不安定な職に従事してきた非正規労働者は、真っ先に解雇され、路頭に迷っています。
文化的祭典、プロ野球やプロサッカーやプロバスケットボールなどの試合は中止に追い込まれ、果てには東京オリンピック・パラリンピックは、委員会指導部への国民の不満や非難が高まる中、無観客にしてでも開催を強行する始末です。ライブやコンサートなどあらゆるイベントも中止され、マスプロ化した大学は閉鎖されました。
現代資本主義の最先端を行く刹那的「体験型」消費形態は、今や機能不全に陥っていったのです。
現代資本主義の7割から8割をも牽引しているのは、消費であると言われています。過去40年のあいだに、消費者の「信頼」と心情は有効需要を動員するカギとなり、マスメディアもこれに一役も二役も買って出て、資本はますます需要主導型の経済になっていきました。
しかし、新型コロナウイルス感染症が引き金となって、終わりのない資本蓄積のこの螺旋円環運動は、今や内に向かって倒壊しはじめ、最富裕国のアメリカにおいて、そしてわが国やその他の先進資本主義国でも、優勢と言われてきたこの刹那的「体験型」消費形態の核心で、大崩壊が起きたのです。
何よりもむごいことに、この崩壊現象は、人口の圧倒的多数を占める小さき弱き者たち、そして非正規不安定労働者を振り落としながら、世界の一地域からあらゆる地域へと広がっていきました。
まさにこの事態は、1990年代初頭のソ連崩壊後、今日に至る30年間、新自由主義の競争原理至上主義、自己責任論が幅を利かせ、社会保障制度が切り捨てられてきた格差社会の上に襲いかかり、まともな医療さえ受けることのできない小さき弱き人々を感染による命の危険にもろに晒しています。
▽突きつけられた近代特有の人間の社会的生存形態「賃金労働者」の脆弱性と非人道性▽
世界史的には18世紀イギリス産業革命以来、長きにわたって存続してきた賃金労働者、つまり大地から引き離され、生きるに必要な最低限の生産手段をも失い、根なし草同然となった不安定きわまりないこの近代特有の人間の社会的生存形態を、もはやこのまま放置しておくわけにはいかなくなってきたのです。
この近代特有の人間の社会的生存形態の脆弱性、非人道性は、このたびのパンデミックによって白日の下にさらけ出されました。この人間の社会的生存形態、つまり現代賃金労働者そのものを将来に向かってどう変革していくのか、このことが今、私たちに突きつけられた、避けてはならない喫緊の核心的課題になってきたのです。
私たちは、2000年以来、21世紀にふさわしい新たな社会のあり方を模索する中で、「労」「農」の人格的融合による新しい人間の社会的生存形態の創出こそがこの難題を解く決定的で最重要な鍵になるものと考え、それによって新たに成立する「菜園家族」社会構想 を21世紀の未来社会論として提起してきました。
この間、数次にわたって探究を続けてきたこれまでの拙著をベースに、今日の新たな状況下で継承発展を試みた新著『生命系の未来社会論』(御茶の水書房、2021年3月)でも、引き続きこの人間の社会的生存形態の根源的変革にこだわり、それを基軸に、今私たちが直面している社会の危機的事態を解決しようとしている所以も、まさにこのことにあります。
先にも触れたように、日本政府は近年、「経済の金融化」によって指数関数的ににわかに増大する資本が生み出す膨大な価値を、可能な限り短期の回転期間の消費形態、つまり刹那的「体験型」消費形態によって吸収し、その矛盾を解消したいとする資本の要請に唯々諾々と応えて、「観光立国推進基本法」の制定(2006年)やビザ発給の要件緩和(2013年)などを梃子に、観光業やホテル・宿泊業、飲食業やイベントなどをはじめとするあらゆる業種の刹那的「体験型」消費形態を急速に生み出してきました。
パンデミックの危機的事態に至っても、自らの失政を省みず、今なおその重大な誤りに上塗りしてそれを死守し、何としてでも維持していきたいというのが、おそらく財界や為政者の本音でしょう。
そこに働く圧倒的多数は、不安定な職に従事してきた非正規労働者です。今や非正規労働者が働く者の40%にのぼるのも、こうした事情と歴史的背景があるからなのです。
こうした刹那的「体験型」消費形態は、経済成長の新たな中軸を担い、下支えしてきたのですが、新型コロナウイルス・パンデミックによって、その中軸から瓦解しはじめたのです。
政府は巨大観光企業を経営困難から救出するために、「Go To トラベル」だの、「Go To イート」などに1兆数千億円もの莫大な国民の血税を注ぐというのです。
菅義偉前首相が、内閣官房長官在任中から長きにわたって懇意にしてきたデービッド・アトキンソン氏(元米金融大手ゴールドマン・サックスのアナリスト)から、訪日外国人客増加政策の提言を受け入れてきたことは、周知の事実です。そして、政権発足早々、新設した「成長戦略会議」のメンバーにも、このアトキンソン氏や竹中平蔵氏ら、弱者を切り捨てて憚らない新自由主義の急先鋒を臆面もなく起用したのです。
しかし、私たちが守らなければならないのは、にわかに規模拡大した刹那的「体験型」消費形態である観光産業をはじめとする大経営体と、その背後にある巨大金融資本ではありません。本当に守るべきは、そこに働く圧倒的多数の非正規労働者であり、小さき弱き者たちでなくてはなりません。
政府はこの際、わが国の地域の実態や住民、国民の厳しい暮らしの現実を直視し、そこから未来を見据えた長期展望に立って、何に財源を重点的に振り向けていくかを考えるべきです。
「Go To キャンペーン」の施策一つとって見ても、菅前政権そのものの階級的本質をさらけ出した格好でした。その後を引き継いだ岸田文雄新政権も、装い新たに「新しい資本主義」を掲げ、「成長と分配の好循環」を唱えているものの、その本質において、安倍・菅自公政権と何ら変わるものではありません。
▽CSSKメカニズムの円滑かつ着実な駆動が21世紀の新しい時代を創る▽
新型コロナウイルスが猛威を振るう中で、人々は健気にも個々人のレベルでは、「三密」を避けること、手洗いやアルコール消毒の励行、マスクの着用、外出の自粛など、数々の貴重な知恵と具体的な方法を学び取り、身につけてきました。
その上で残された大切な課題は、疫学的、医療的問題として、「感染検査体制」(唾液による簡易な方法を含むPCR検査、抗原・抗体検査、下水道中のウイルス検査等々)と「医療体制」(保健所、無症状感染者の隔離効果を伴う宿泊療養施設、感染症対応中核病院・感染症拠点病院、体外式膜型人工肺ECMO、ベッド数、医療従事者の拡充および待遇の抜本的改善等々)の拡充・確立です。
こうした体制を整えた上で、これまでの疫学的、医療学的知見に基づいた徹底した定期的検査によって、陽性者と陰性者を厳正に峻別し、安全を確保しつつ、安心して活動することを如何に保障するかです。
なかでも、陰性と判定されたエッセンシャル・ワーカー、および次代の地域社会の新たな創造をめざして都市から地方へ移住し活動しようとする人々、とりわけ非正規労働者や若者たちに対しては、未来社会のあるべき姿を見据えて、優先的かつ恒久的財政支援によって下支えしていくことが、特にパンデミックの時代においては格別に大切になってきます。
この新型コロナウイルス・パンデミックのはるか以前から、既にわが国では高度経済成長以来、一貫して巨大都市への人口集中・超過密化、他方、農山漁村の過疎高齢化が同時進行し、今や地方においては限界集落・消滅集落が続出し、耕作放棄地面積の拡大に歯止めがかからない深刻な状態にあります。国土は均衡を失い、その歪みは極限に達しています。
このたびのコロナ災禍の中で、国民の自然への回帰、地方移住の意識は高まり、農ある暮らしの見直しへと変わりつつあります。これは、パンデミックという全国民を巻き添えにした悲惨な事態をきっかけにようやく起こりつつある、社会の根源的変化の兆しと言ってもいいのかもしれません。
予想されるオミクロン株による第6波、そしてその先を見据えて、これを転機に、高度経済成長以来、一貫して続いてきた地方から都市への人口移動を逆の方向、つまり大都市から地方への流れへと変え、わが国の経済社会構造を根底から変革していくのです。
地球温暖化による気候変動を根源的に解決していくために、原発のない脱炭素の自然循環型共生社会(じねん社会)への移行を促すメカニズムとして、これまで再三にわたり提起してきたCSSKメカニズムは、今、新型コロナウイルス・パンデミックによって機能不全に陥った古い社会(資本主義)から脱却し、地域分散型の国土構造への転換と大地に根ざした素朴で精神性豊かな暮らしのあり方の創造を促進していく上でも、同時に重要な役割を担っていくことになるにちがいありません。
こうした壮大な理念から打ち出される長期展望と、それに基づく具体的政策であるならば、きっと、刹那的「体験型」消費形態のもとで不安定雇用を余儀なくされている圧倒的多数の人々や、職を失い絶望の淵に立たされている人々を、未来ある新たな生活世界へと促していくことができるはずです。
そして、観光業をはじめ大小さまざまな刹那的「体験型」消費形態の業種の経営体も、やがて自ずから、自然循環型共生社会(じねん社会)にふさわしいものに変質と変容を遂げざるをえなくなるでしょう。
このプロセスを実現させていく肝心要の鍵こそ、まさに生命系の未来社会論具現化の道としての「菜園家族」社会構想に基づくCSSKメカニズムであり、たとえ新型コロナウイルスが猛威を振るうさなかにあっても、「感染検査」と「医療体制」が拡充され、万全である限り、このCSSKメカニズムは円滑かつ着実に駆動し、その実現へと向かわせていくにちがいありません。
これまでとはまったく違った価値観に基づき、資本主義を超克する新たな時代を築き上げていくのです。そこに人々は、なかんずく若者たちは、閉じ込められた陰鬱な闇の世界から希望の光を見出し、未来を担っていこうとするのではないでしょうか。
人間は、特に若者は、苦難の中でこそはじめて鍛えられていくのです。このたびの新型コロナウイルスの災禍が、まことの試練となり、希望に向かって自由にのびのびと生きる、そんな時代へのまたとない転機になることを切に願うばかりです。
*『生命系の未来社会論』(小貫雅男・伊藤恵子、御茶の水書房、2021年3月)プロローグおよび第七章をベースに再構成。
≪その8≫につづく
(2021.12.10 里山研究庵Nomad 小貫・伊藤)