『菜園家族21 ―分かちあいの世界へ―』
題名 | 菜園家族21 ―分かちあいの世界へ― |
著者 | 小貫雅男・伊藤恵子 |
出版社 | コモンズ |
発行年月 | 2008年6月 |
判型・ページ | B6判、255ページ |
定価 | 本体2,200円+税 |
ISBN | 9784861870491 |
国破れて山河あり。どっこい菜園家族は生きていく。
容赦なく貶められる人間の尊厳、差し迫る地球環境の破局的危機・・・。市場万能主義に安住していては、地球温暖化は防げない。「菜園家族」構想は、地球の破局を回避し起死回生をはかる、今や私たちに残された唯一の道である。
要旨紹介
国破れて山河あり
どっこい菜園家族は生きていく
投機マネーに翻弄される世界経済。原油・穀物価格の高騰と世界的規模での食料危機。
国内農業を切り捨て、農業・農村を荒廃させ、食料自給率39%に陥った日本。
輸入してまで食べ残すこの不思議な国に、はたして未来はあるのでしょうか。
いのち削り、心病む、終わりなき市場競争
失業者、日雇いや派遣など不安定労働、「ワーキングプア」の増大。
競争と成果主義にかき立てられた過重労働、蔓延する心身の病。
医療・介護・年金など、社会保障制度の破綻。
家族、地域の崩壊、子どもの育つ場の深刻化。
明日をも見出すことができずに、使い捨てにされる若者たち・・・。
貶められても、貶められても、それでも・・・
これほどまでに人間の尊厳が貶められながら、これほどまでに欲しいまま振る舞う「政治」を、これほどまでに長きにわたって許してきた時代も、珍しいのではないでしょうか。
それは、氾濫する雑多な情報に振り回され、ますます肥大化する欲望に翻弄された現代社会の病弊の為せる業なのかも知れません。
今こそパラダイムの転換を
市場競争至上主義のアメリカ型「拡大経済」の弊害と行き詰まりが浮き彫りになった今、18世紀イギリス産業革命以来、二百数十年間、人びとが拘泥してきたものの見方、考え方を支配する認識の枠組み、つまり、既成のパラダイムを根底から変えなければ、どうにもならないところにまで来ています。
大地から引き離され、根なし草となった「現代賃金労働者(サラリーマン)」という人間の存在形態は、果たして永遠不変のものなのでしょうか?
今、あらためて、人類史を自然界の生成・進化の中に位置づけて捉え直し、新たなパラダイムのもとに、未来社会を展望することが求められています。
人間のライフスタイルは変わる
産業革命の到来とともに、人間の暮らしは、中世の循環型社会から大きな変貌を遂げます。新たに登場した資本主義は、不況と恐慌を繰り返し、人びとを失業と貧困の淵に追いやるとともに、他方では、人間の欲望をますます肥大化させ、その渦の中に巻き込んでいきます。
こうした中、人びとは、資本主義の弊害と矛盾を乗り越えようと、新たな社会の枠組みを模索しました。19世紀、人類が到達したこの資本主義超克の未来社会論の核心は、社会的規模での生産手段の共同所有と、これに基づく共同管理・共同運営でした。
20世紀末、ソ連・東欧の「社会主義」体制の崩壊によって、人類の理想への実験は挫折しました。
その欠陥と崩壊の原因がようやく明らかになってきた今、それにかわる道として、生産手段の共同所有ではなく、あえて、生産手段(農地と生産用具・家屋など)と現代賃金労働者との「再結合」が新たに浮上してきます。
この「再結合」を果たすことによって、衰退した「家族」は甦り、この「家族」を基礎に、「自立と共生」の多重・重層的な生き生きとした社会的基盤が築かれます。
つまり、土壌学でいうところの、ミミズや微生物など多様な生き物が共存し、作物がよく育つ、肥沃でふかふかとした団粒構造の土づくりからやりなおし、自然循環型共生社会をめざすのです。
この回帰と止揚の弁証法に基づく未来社会論が、21世紀の新たな道として、必然的に登場してくることになるでしょう。
これが、週休五日制のワークシェアリングによる「菜園家族」(賃金労働者と農夫の二重化された人格)という、人類史上、未だかつて見られなかった、精神性豊かな人間の存在形態の創出であり、これを基調とするCFP複合社会※を経て、自由・平等・友愛の高度自然社会へ至る道なのです。
※CFP複合社会
Cは資本主義セクターC(Capitalism)
Fは家族小経営(「菜園家族」)セクターF(Family)
Pは公共セクターP(Public)である。
森と海(湖)を結ぶ流域地域圏
もとより「菜園家族」は、単独では生きていけません。また、グローバル経済が席捲する今、ひとりでに創出されるものでもありません。
「菜園家族」を育むゆりかごとして、かつて高度経済成長期以前までは、生き生きと息づいていた、循環型の“森と海(湖)を結ぶ流域地域圏(エリア)”を思い起こし、今日の熾烈なグローバル経済の対抗軸として、その地域圏の再生を考えなければなりません。
この本では、近江国(おうみのくに)の一角に、「犬上川・芹川∽鈴鹿山脈」流域地域圏という地域圏モデルを設定し、この個別具体的な一地域圏にこだわり、都市と農村をホリスティック(全一体的)に捉え、深く掘り下げることによって、自然循環型共生社会の構築の普遍につながる理論と、実践の指針を探ろうとしています。
低炭素社会への新たなメカニズムを
今、世界の人びとは、地球温暖化の差し迫る破局的危機に直面し、この危機回避の重い課題を背負わされています。
しかし、地球環境の問題は、「浪費が美徳」の市場万能主義に安住していては、決して解決することはできないでしょう。
「菜園家族」構想は、市場競争に翻弄され、貶められた人間の尊厳を回復し、地球破局の淵から起死回生をはかる、唯一残された道なのです。
本書では、経済成長と地球環境の保全とのジレンマに陥っている、省エネ技術開発やCO2排出量取引制度など、今日の「温暖化対策」の限界を克服すべく、それとは異なる新たな角度から、その解決に迫ろうとしています。
つまり、CO2削減の営為が、ただ単にその削減だけにとどまることなく、同時に、次代のあるべき社会の新しい芽(「菜園家族」)の創出へと自動的に連動する、新たなメカニズムの創設です。
この「CSSKメカニズム」の導入によって、地球温暖化の元凶である市場競争至上主義「拡大経済」は基底部からゆっくりと、しかも着実に変革され、「菜園家族」を基調とする新たな社会、すなわち、自然循環型共生社会への道は、確実に促されていきます。
その結果として、今日、IPCCなどで提起されている、「2050年までにCO2排出量を半減する」という国際公約も、現実に果たされることになるでしょう。
こうして、自然との融和を基調とする分かちあいの世界へと、道は開かれていくのです。
おおらかな学びあいの場と温もりある人間の絆を
「教育」の現場が、「研究」の現場が、そして社会が閉塞状況に陥り、生気を失っている今、戦後の焦土の中から芽生えたあの“めだかの学校”の生き生きとした、自由で平等で友愛に満ちた精神は、目にまばゆいまでに新鮮です。
私たちは、このいのち輝くみずみずしい精神を、子どももおとなも世代を超えて、もう一度、何とか取り戻したいと願うのです。
自然循環型共生社会への道も、こうした願いを叶える小さな努力から、その第一歩がはじまるのだと思います。
その具体的な取り組みとして、琵琶湖に注ぐ犬上川・芹川流域の最奥の過疎山村・大君ヶ畑(おじがはた)では、この森の集落に佇む今は休園となった小さな保育園を拠点に、「研究」・「教育」・「交流」を全一体的に捉えた新しい学びあいの場、「菜園家族 山の学校」のスタートに向けて、動きはじめようとしています。
21世紀、人びとは、素朴な精神世界への回帰と
人間復活の壮大な道を歩めはじめるのです。
目次
プロローグ 国破れて山河あり
第1章「辺境」からの視点
- モンゴル『四季・遊牧』から「菜園家族」構想へ
- 森と琵琶湖を結ぶ十一の流域地域圏
- 里山研究庵と調査活動の進展
- “菜園家族 山の学校”から広がる展望
第2章 人間復活の「菜園家族」構想
- 「菜園家族」構想の理念と原理
- 民話『幸助とお花』の世界
- 蔑ろにされた先人の思い、分断された流域循環
- 大地を失い、衰退する家族 ―「競争」の果てに
- 家族と地域再生の基本原理 ―生産手段との再結合
- 「菜園家族」構想とCFP複合社会
- 週休五日制の三世代「菜園家族」構想
- CFP複合社会の創出 ―人類史上、はじめての挑戦
- CFP複合社会の特質
- 二一世紀の新しい地域協同組織「なりわいとも」
- 自然の摂理と「菜園家族」
- 自然界を貫く「適応・調整」原理
- 自然法則の現れとしての生命
- 自然界の原理に適った週休五日制のワークシェアリング
- 二一世紀“高度自然社会”への道
- 地球温暖化と「菜園家族」
- 早急に求められる地球温暖化への対応
- 日本の取り組みの限界
- もはや元凶の変革は避けては通れない
- 「菜園家族」の創出は地球温暖化を食い止める究極の鍵
- 子どもや孫たちの未来を見据えて
- 日本の、そして世界のすべての人びとが心に秘める終生の悲願
- 「環境先進社会」に学ぶ
- 排出量取引制度を超える方法を探る
- 低炭素社会へ導く究極のメカニズムCSSK方式
第3章 グローバル経済の対抗軸としての地域
―森と海(湖)を結ぶ流域地域圏再生への道
- 中規模専業農家と「菜園家族」による田園地帯の再生
- 農業規模拡大化路線の限界
- “菜園家族群落”は今日の農政の行き詰まりを打開する
- 「森の菜園家族」による森林地帯の再生
- 荒廃する山の集落と衰退の原因
- かつては賑わった最奥の集落・大君ヶ畑
- 大君ヶ畑の暮らし ―ある老夫婦の半生から
- 「御上」に振り回されて・・・
- 森の再生は「森の民」だけが担う課題ではない
- 森の再生は「森の菜園家族」の創出から
- 「森の菜園家族」の具体的イメージ ―森の多様性を取り込み、木を活かす
- 「森の菜園家族」の「なりわいとも」
- 山の活用に斬新な発想を ―尾根づたい高原牧場ベルトライン
- 伊那谷の家族経営牧場に学ぶ
- 集落衰退に拍車をかけた分校の統廃合
- 地域における学校の役割
- 二一世紀、都市から森への逆流が始まる
- 「匠商(しょうしょう)家族」が担う中心街と中核都市
- 非農業基盤の零細家族経営と中小企業
- 「匠商家族」とその「なりわいとも」
- 「匠商家族のなりわいとも」の歴史的使命
- 犬上川・芹川流域地域圏における「匠商家族」と、その「なりわいとも」
第4章 地域再生に果たす国と地方自治体の役割
- 公的「土地バンク」の設立 ―農地と勤め口(ワーク)のシェアリング
- 「菜園家族」のための住宅政策 ―戦後ドイツの政策思想に学ぶ
- 新しい地域金融システムと交通システムの確立
- 流域地域圏における地方自治のあり方
第5章 “菜園家族 山の学校” その未来への夢
- “めだかの学校”を取り戻す
- 新しい「地域研究」の創造をめざして ―「在野の学」の先進性
- おおらかな学びあいの場と温もりある人間の絆を
- 諦念に沈む限界集落
- 再起への思い
エピローグ 分かちあいの世界へ
苦難の道を越えて
いのちの思想を現実の世界へ
まことの「自立と共生」をめざして
あとがき
参考文献
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